無音、闇の時間、長い夜と自分とのタイムラグを修正する
心はねじ式の時計のようなもので、毎日の日常からいつのまにかズレ始める。
それを手動で丁寧に今の状況と心を結びつけネジを回してあげる。
自分の心は自分で思っている以上に手がかかる。
「ここらで一度、落ち着きましょう。」
最近はとても早く関わる人がたくさんいすぎて、じっくり自分の答えと向き合い考える間も無くその場限りの対応に追われてしまって自分が出しにくい状況だったことに気がついた。
私自身、ひとつ答えを出すのに物凄く時間がかかる。
協調性がない割に、なるべく人に合わせようとするところがある。
それだけ周りとの同調をオートマチックにしてしまいがちで、流されやすい。
後からじわじわと自分でもよくわからない後味の悪さだけを引きずり答えを探し当てるまでが長い。
最近よく一緒にいる人達は俊敏な人が多い。
私自身がその人達に合わせるかまたは、有無を言わさず合させざるおえない状況に追い込まれがちだ。
少しずつ積み重なったストレスがたまにドッとくる。
私自身、我慢がめっぽうできない。
誰でも我慢なんかなるべくしたくないはずだとは思う。
我慢と圧力で自身を追い込みすぎてポシャることもあるが、自分の限界を超えられる可能性もなくはない。
元々の性質、幼少期の経験や家庭環境、運や努力量に対して幸福値などにて、苦手と得意なものがはっきりする。
今の状況は非常に自身のチカラを発揮しづらい状況となっている。
ただの模倣に過ぎない。
元々、アウトプットもそうだが自分なりの探求やその状況にての判断材料を集めるための調査など地道に情報収集して、やっとオリジナリティが獲得されるものである。
与えられたフィールドにて、与えられた情報や行動で得るものにはそれ以上はない。
現代社会を生き残る上でその場のノリや感覚と瞬時のニーズへの判断が非常に求められるが、その為の豊かな知識の土壌が必要だ。
私の素質は熱しやすく冷めやすい。
が、一度ハマれば非常にしつこく、アウトプットできたものとアイディアを組み立てる(ただしたくさん情報がないと手も足もでない)チカラには長けていると思っている。
ここらで一度、踏み止まり今の状況を整理してみる。
毎日、人と会うことでこんなにも自分が日常に埋もれてしまうなんてと思ったが1人だと非常にネガティヴだし、気が狂うような夜を過ごさずにすんでいる。
幸福とはなんぞやと思うが、毎日人がいる生活は優しい。
孤独で潰れ、愛に溺れやがて命も落としてしまう人が多い中で安らぎを得られることは幸福だと思う。
ただ、やはり孤独になり一度見つめ直す時間は必要だ。
人と毎日関わるなんて以前の私では考えられなかっただろう。
学生時代の夏休みなんて、ずっと誰とも会わず一言も喋らないで過ごし、新学期の時に声の出し方も忘れて焦ったことがある私がだ。
積極的な人見知りだし、それを相手に勘づかれることが非常に嫌いだしおちゃらけている方が自然体でいられる。
自分がふざけているのが好きなんだ。
まあ、ピエロと非常に近いものかもしれない。
それが私なのだから。
私の時間の概念と世界は違い。
焦りでなく、今に集中すること。
遠い未来を思うから焦りがでるのだから、今を、この時を掴み取るのだ。
何をどうしたいのか
何が好きで何がおもしろいか
何に興味があり
それを組み立てるとどんなものができるのか
一つずつ回答を始めよう
自分自身と答え合わせを始めて確かめていけば、自分のみたかったものがみられるかもしれない
自分の心を置いてけぼりにしないようにたまに確認しないとね